おせちの歴史【平安時代から今日まで】

おせちの歴史

「おせち」という名前なのはなぜ?

おせち料理は、古くから四季の節目の日を祝う際の神様への供え物として重宝されてきました。
もともとは”節日にお供えをするための料理”という意味で「御節供(おせちく)」と呼ばれていましたが、
それが省略されて今の呼び方「御節(おせち)」に変化しました。

 

おせちは神様にお供えしたものをその後自分たちが食することで神との結び付きを強め、
ご加護にあずかろうという意味合いで始まった食文化で、最初は特別正月だけのものではありませんでした。
しかし、節日のうち最重要視されていたのが年末年始(正月)だったために、徐々に御節=お正月のイメージが根付いていったのです。

 

おせちの歴史

おせち料理の始まりはなんと紀元前2〜3世紀に遡ります。

 

これは日本人が農業(主に米作り)を盛んに行うようになった頃ですが、
当時の人々は季節の節目に神様に感謝するという行為によって豊作の喜びを皆で祝い、分かち合ったのです。
この時供えたものが「節供」であり、供えたものを料理し食べたのがおせち料理の始まりです。

 

料理の素材はバラエティに富んでおり、
当時では貴重な食料であった貝や干し魚、米や野菜、木の実等がふんだんに使われました。

 

節目の日は今でも○○の節句(3/3=桃の節句、5/5=菖蒲の節句、9/9=菊の節句etc...)にその名残りが見られますが
年の始め、正月は特に大切に扱われていたので、現在ではおせち料理は正月の料理として伝承されています。

 

おせちは健康食材がたっぷり

正確には、御節料理が「おせち」と呼ばれるようになったのは江戸時代のこと。
現代のおせち料理は江戸時代に作られていたものと非常に似ています。

 

例えば食材ひとつとっても、数の子・栗・昆布・ごぼう・里芋・蓮根などは今も昔も変わらずおせち料理に使われます。
これらは単に縁起が良いからという理由で使われているのではなく、
海の幸・山の幸・野の幸をバランスよく用いて、なおかつミネラル・ビタミン・タンパク質等の栄養素の配分が偏りのないよう行われているのです。

 

現代医学でもその見事な栄養配分は実証されています。
おせちはまさに目にも体にも嬉しい完全料理と言えるでしょう。